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100寺巡礼 遠州見付玄妙寺 [神社仏閣]

3連休不安定な天気が続いてます

最終日はクリスマスイウ゛で天気も回復しそうです

我が家は都合で23日にクリスマスパ-ティを上孫ちゃん家族と行いました

上孫ちゃん朝起きたらクリスマスプレゼントが枕元にあったので

サンタさんにお願いしてたおもちゃが届いてるか朝、確認にきました

事前に息子と示し合わせて玄関にリクエストのおもちゃをサンタさんからのプレゼント

として置いといたので上孫ちゃんと見に行くと飛び上がって来てる~と

大喜びしてました

ず~といい子にしてたからサンタさんプレゼント持ってきてくれたんだとまだサンタさんがいると信じてます

そろそろサンタさんが爺婆だとわかる日も近そうです(笑)


さて今日の記事 100寺巡礼の記事になります

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20日の朝7時過ぎに東名高速に乗って
磐田ICを目指します 大井松田IC付近では正面に富士山が見れます
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富士川SAでのんびり休憩したりして
磐田ICで降りて巡礼先のお寺の駐車場に10時すぎに到着しました
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訪れた寺院は
日什大正師直建霊場 日蓮宗由緒寺院本山
本立山 玄妙寺
静岡県磐田市見付にあります
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玄妙寺は今から630年前、室町時代の元中2年
日什門流の開祖玄妙阿闍梨日什上人によって建立され
長らく日什門流(顕本法華宗)の本山として栄えてきたが
昭和の日蓮門下三派統合で日蓮宗に統一された経緯がありました
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僕が日蓮宗本山を巡礼しているのは
菩提寺が日蓮宗だったという理由だけで始めましたが
本山に指定されてるお寺を巡ると門流(〇〇派)という派閥に行き当たります
日蓮を開祖とする門流は比叡山天台宗の時代に遡る
長い歴史の中から成り立ってるんですね
100寺巡礼の到着点は比叡山と考えるようになった今日この頃です
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山門をくぐると正面に
こじんまりとした本堂が現れます
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心の財が第一なりですね
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子育て地蔵がありました
ここ玄妙寺は子育て鬼子母神が祭られ
11月12日には赤子が丈夫に育つようにと
小さな子育て草履が頂けるそうです
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手水舎で身を清めて参拝します
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参拝は鰐口を2回叩いて1礼すると書かれていたので
2回叩いて手を離したら3回鳴ってしまいました(笑)
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本堂に上がってお参りしました
正面の日蓮上人像の頭に小袖が掛けてありました
初めて見たのでお寺の人に聞いてみたら
宗祖日蓮が小松原法難で頭に刀傷を受けて
寒いときに傷が疼いたそうです
その為、冬の間 頭に小袖を掛ける風習があるそうです
日什門流の宗祖を慕う仕来たりでしょうか
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お参りを済ませ
御主題を頂きに行くと住職が留守で書けないので
印刷したのでいいですかと言われ
止む無く印刷された御主題を頂きました
したがって御主題の
写真はありません
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ソテツの木がありました
100寺巡礼をしてると古いお寺にはソテツが植えられてる場合が多いです
調べてみると諸説あるんですが
戦国時代お寺はお城の役割があって
戦の舞台になる場合が多く
兵糧とするためソテツを植えたそうです
ソテツの実は炒って食べれるみたいですよ
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玄妙寺の経蔵です
国の登録有形文化財に指定されてるそうです
この後
お寺の横にある旧見付学校と呼ばれる
明治時代の西洋風建築の小学校を訪れました
今は磐田市の郷土館になってます
後に続きます


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諏訪大社 下社春宮界隈 [神社仏閣]

10月3日~4日に北八ヶ岳の白駒池の紅葉を撮りに行って

奥蓼科温泉の秘湯、渋御殿湯に宿泊

御射鹿池、諏訪大社秋宮を巡って旧中山道をぶらり散歩

しながら最後の訪問地 下社春宮を訪れました

この記事がシリ-ズ最終になります


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中山道の道中はこの先右に登っていきますが
下社春宮は左に下って行きます
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しばらく進むと
諏訪大社春宮の大きな石鳥居が現れます
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諏訪大社は上社.下社に分かれており
上社に建御名方神、下社に八坂刀賣神が祀られています
上社には本宮と前宮が
下社には秋宮と春宮があり
この四社を総称して諏訪大社という
下社の御祭神は
2月1日~7月31日まで春宮に鎮座し
8月1日の御船祭で秋宮に秋宮に座し、翌 二月一日に春宮に帰座される
正面に
舞殿が見えます
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舞殿の裏手に
幣拝殿と呼ばれる拝殿があります
この様式は諏訪大社独特の様式で
本殿はありません
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御祭神が
秋宮に帰座されてるためでしょうか
境内は人が少ないです
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境内は杉がうっそうとして
静かな佇まいです
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幣拝殿の四隅には
御柱が立てられています
これは
一の御柱です
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御朱印を頂きました
この春宮で諏訪大社四社をすべて回ったので
最後に廻った
春宮で
記念品を頂きました
写真はありませんが神前に供えられた
御神供でソバ落雁と特性しおりが入ってました
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境内左手の砥川対岸に、万治の石仏があるので見にいきました
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伝説によると諏訪大社下社(春宮)に石の大鳥居を造る時、 この石を材料にしようと、ノミを入れたところ傷口から血が流れ 出したので、石工達は恐れをなし仕事をやめた(ノミの跡は現在でも 残っている)その夜石工の夢枕に上原山(茅野市)に良い材料が あると告げられ果たしてそこに良材を見つける事ができ 鳥居は完成したというのである。石工達は、この石に阿弥陀如来をまつ って記念とした。尚この地籍はこの石仏にちなんで古くから下諏訪町 字石仏となっている。  案内板より抜粋
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この地を訪れた
岡本太郎が絶賛したという万治の石仏
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万治の石仏のお参りの仕方
       一. 正面で一礼し、手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じる
二. 石仏の周りを願い事を心で唱えながら時計回りに三周する
三. 正面に戻り「よろずおさめました」と唱えてから一礼する
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よろずおさめました
と願いを込めて
万治の石仏を後にしました
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この後
春宮の門前に残された下馬橋を見て車を止めた
下諏訪駅近くの駐車場へ向かいました
今回の旅は
一足早い紅葉の絶景から始まり
秘湯に浸かって
神社仏閣巡りで
しめくくりと
楽しい時間を過ごせました
一つ
残念だったのが
下諏訪で楽しみにしてたうなぎ
が食べれなかったことです
14時半頃訪れたら
14時で終わりでした
次回リベンジです

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諏訪大社 下社秋宮 [神社仏閣]

昨日のブログで風邪ぎみとの記事書きましたが

御心配のコメを多数頂きありがとうございます

ちょっと熱があるようで

夜、ベットに潜っても今一熟睡できません

寝る前にアルコ-ルを飲んで喉を洗浄してるんですが

効果は今一です

おとなしく風邪薬を飲んで頑張ります


さて今日の記事、奥蓼科温泉渋御殿湯に泊まって

翌日の10時過ぎ下諏訪町の諏訪大社下社秋宮の近くの駐車場に着きました



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下諏訪は中山道と甲州道中が交わる場所です
至るとこで中山道下諏訪宿の遺構や遺跡が見られます
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正面の森の中に 下社秋宮 が鎮座してます
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宿場町の風情を再現したんでしょうか
新しくて綺麗な建物が目に着きますね
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諏訪大社の鳥居の前に着きました
諏訪大社は長野県諏訪湖の沿岸4個所に鎮座する神社の総称で、全国に1万以上ある諏訪神社の総本社です。上社本宮と上社前宮は昨年の11月に参拝してるので、今回は下諏訪にある下社秋宮と下社春宮を参拝する計画です。 下社の秋宮は旧中山道と甲州街道が分岐する下諏訪宿の近くに鎮座し、交通の便の良さから古来より参拝者が一番多いといわれ見所も多いお社です。巨大な注連縄で有名な神楽殿は重要文化財に指定されています。
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鳥居をくぐると
手水舎があります
ここで手を清めて参拝します
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上社本宮を参拝した時も
手水舎の裏手に同じような池がありました
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二の鳥居には 七五三御祈祷受付 の案内表示が大きく張られてますね
我が家の上孫ちゃんも今年は
5歳の七五三参りを予定してますよ
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二の鳥居をくぐると正面に 舞殿が見えます
ここは舞殿ですから
舞殿の裏に拝殿があります
本殿を持たない
諏訪大社様式と呼ばれる
社殿の配置になるそうです
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出雲大社にきちゃったかな
と思うような
大きな注蓮縄が目を引きます
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舞殿の後ろに
拝殿があってここでお参りをします
二拝二拍手一拝
でお参りしますね
早、七五三の子供さんも爺婆を従えてお参りしてました
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ここ秋宮は交通の便が良く
駐車場も無料で沢山あって
中山道の宿場の風情や食事処も多いので
4社巡りの中では一番人気だそうです
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諏訪大社と言えば7年に一度の奇祭
御柱まつりが有名です
諏訪の人は御柱というと血が騒ぐそうですよ
次回は
平成の年号が変わってしまいますが
平成でいうと平成34年になるそうです
ぜひ一度見てみたい撮ってみたい祭りでもあります
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長さ17~8mの御柱が拝殿の四隅に奉納されてます 計4本ですね
この御柱を山から人力で引き下ろして
里山を曳いて、山坂、川も氏子衆で
曳いて此処まで持ってくるですよ
進軍ラッパを吹いてヨイショヨイショと掛け声と
御幣を振って進む姿は勇壮です
この御柱が 一の御柱です
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秋宮の御朱印を頂きました
御朱印が白飛びしてしまって
赤いハンコが見えません
失敗写真です(笑)
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この辺りの紅葉は
11月の中旬頃でしょうか
まだモミジが緑で
綺麗でした
次回
中山道下諏訪宿に記事に
続きます
話変わって
サッカ-国際親善試合
森保ジャパンの3戦目
FIFAランク5位のウルグアイ戦に
4-3で勝利
やりましたね
若手の攻撃力が半端ない試合でした
3点取られたうち1点は
パスミス絡みでしたから
期待が持てますね
今日は気分良く寝れそうです
お休みなさい

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日向薬師Last [神社仏閣]

日向薬師の記事続いてますが

昨日(18日)会社帰りに 日向の棚田と彼岸花リベンジしてきました

1週間前は咲き始め出したが

綺麗に咲きそろって 棚田の畔を赤く染めていました

夕方行ったんですが久々に夢中になれました

今週一杯見ごろが続きそうです


さて今日の記事日向薬師Lastです


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日向薬師(ひなたやくし)は、神奈川県伊勢原市日向(ひなた)にある仏教寺院である。本尊は薬師三尊。現在の宗派は高野山真言宗。かつては日向山霊山寺(ひなたさんりょうぜんじ)と称し、子院12坊を擁する大寺院であったが、廃仏毀釈で多くの堂舎が失われ、現在は霊山寺の別当坊であった宝城坊(ほうじょうぼう)が寺籍を継いでいる。

寺号は廃仏毀釈以前は「霊山寺」、以後は「宝城坊」と称するが、中世以来薬師如来の霊場として信仰を集めていることから、「日向薬師」(ひなたやくし)の名で親しまれている

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急な石段を登り切ると
正面に 茅葺の本堂が現れます
2011年から5年かけて平成の大修理が行われ綺麗になりました
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境内には芙蓉が咲いてました
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製の梵鐘には暦応 3年(1340年)の銘があり、国の重要文化財に指定されている
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かつて日向山奥の院に祀られていたが、後に境内の、幹が空洞になった霊樹の中へと移された
虚空蔵菩薩像
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弘法大師が見守ってます
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紅葉の時期もよさそうです
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日向の里は石工の里でもあるんですよ
ほのぼのしますね
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池には金魚が群れてました
これにて日向薬師の記事終了です
話変わって
紅葉の写真を撮りに行きたいと思って
いろいろ探しましたが
10月の始めは 八ヶ岳の紅葉で有名な池に行くことにしました
10月下旬は富士山と紅葉で河口湖周辺へ
11月は箱根か丹沢湖当たりの紅葉をなんて考えてます
僕の場合どうしても自然豊かな
山の方に足が向いちゃいます
鎌倉や京都の紅葉もいいんですがね
早速 10月始めに休暇届けを出しました

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日向薬師Part1 [神社仏閣]

今日は敬老の日でお休みです

昨日の日曜日、自治会主催の敬老会を行いました

地元写真家の地域で撮った写真を元に自然や文化の話に

出席者は僕も含め引き込まれました

普通の写真なんですが上手にスト-リ-が作られてねんですね勉強になりました

そのあと、ハ-モニカのアンサンブルで童謡や懐メロを合唱して

盛り上がりました

昼食は自治会が用意したお弁当を食べながら歓談

人生100歳時代に突入してまだこれから一花咲かせようと活き高らかでしたなりましたよ

 さて今日の記事 先日訪れた日向薬師のPart1です

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日向薬師は奈良時代初頭の霊亀2年(西暦716年)に、僧行基により開山されました。
僧行基が熊野を旅していた際、薬師如来のお告げにより、相模国のこの地(現在の神奈川県伊勢原市)に、日向山 霊山寺(ひなたさん  りょうぜんじ)を開山した、と伝えられています
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参道には ハギが咲いてました
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薬師信仰は奈良時代に盛んになり全国に広まりました。
薬師如来は東方瑠璃山(とうほうるりせん)に在って現世のご利益を願う尊(ほとけ)です
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仁王門の下に
源頼朝が参拝に訪れた時ここで白装束に着替えた場所で
衣装場(イショウバ)が訛って イシバ と地名が付いたことが記されてます
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いしばから石段を上ると
仁王門が現れます
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口を開いた 阿
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口をつぐんだ 吽
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仁王門をくぐると
頼朝や政子が歩いた古の参道が続いています
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すり減って苔むした古道が続きます
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ハイキング姿の人が目立ちます
ここから大山に登るハイキングコ-スが整備されてます
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正面に見える
急な石段を登りきると
本堂が見えてきます
明日に続きます

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青龍山 本覚寺  [神社仏閣]

昨日は 30℃前後と凌ぎ易い一日でした


今日は30℃に届かない予報ですので一段と過ごし易い一日になりそうです


さて今日の記事 神社仏閣記事になります



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静岡市駿河区池田にある
日蓮宗本山 青龍山本覚寺です
日蓮大聖人の直弟子、中老僧・治部公少輔阿闍梨・日位上人の開山で
もとを尋ねれば、かつて真言宗の古刹であったといわれております。
 
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入り口の門の左右は 白壁が長く続いてます
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入り口の門をくぐると本堂に一直線の参道が現れます
以前は寺内に8坊を数えるほど隆盛を極めたようですが
明治の初めに火災で本堂と本仏堂以外の殆どの伽藍が焼失し
再建され現在に至ってるそうです
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本覚寺の小路と名付けられた散策路が
参道の横に作られてます
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本堂への途中にある鐘楼堂
明治41年に再建されたそうです
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一段高い位置に
火災を免れた本堂が見えてきました
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こじんまりとした本堂が
静けさの中に佇んでます
文政元年(1818年)に建て替え
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本覚寺で最も古い堂宇で
元亨元年(1321年)に建てられた建物のようです
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本仏堂から下った所に庫裡があります
庫裡から見た本仏堂
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頂いた 御主題と本堂
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静岡のお寺らしく
徳川とのつながりも強く
明治2年の火災で焼失した再建に
徳川家康を祭った東照宮から
移築された建物だそうです
葵の御紋が証ですね
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こんな感じの建物です
このお寺の裏山が日本平で
東照宮があります
帰りに東照宮をお参りするつもりで
車を走らせましたが
日本平らしき場所に車を停めたが
東照宮に通じるロ-プウェイが判らずに
反対側の海岸まで降りてしまいました
しかたなく
清水の 三保の松原に寄る事として
車を走らせました
あと1回続きます

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貞松山 蓮永寺 [神社仏閣]

今日の記事 静岡市葵区にある 日蓮宗本山 貞松山(ていしょうざん)蓮永寺(れんえいじ)になります


日持上人が開創した日蓮宗のお寺で、徳川家康の側室で水戸光圀の祖母である、お万の方供養塔があります。お万の方は、徳川家康が没すると出家して養珠院を名乗り、蓮永寺に位牌を安置して弔いました


このお寺も徳川ゆかりのお寺なんですね

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このお寺
後から判ったんですが 駿府城公園の近くにあったんですね
解っていたら 駿府城を見たかったです
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北街道と呼ばれる県道67号線の道路際に入り口がありました
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庭園風の参道が続きます
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仁王門が見えてきました
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仁王門をくぐると 赤いベンガラで塗られた
鐘楼が目を引きます
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サルスベリ越しに鐘楼です
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正面に本堂が見えます
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本堂には
蓮永精舎の額が掲げられてます
精舎=出家修行者がとどまって修行する堂舎のこと。寺院の意に用いられる場合もある
昔の学問所、今の大学に当る場所だったようです
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お万の方供養塔
お万の方→ 家康が亡くなると出家して養珠院(ようじゅいん)は、徳川家康の側室。紀州徳川家の家祖徳川頼信、および水戸徳川家の家祖徳川頼房の母。名は(まん)。
  • 1569年(永禄12年) - 兵火に罹り伽藍を焼失し荒廃する。
  • 1615年(元和元年) - 養珠院は大檀那となり、日乾が伽藍を再建する。この時駿河沓谷(くつのや)に移転し、蓮永寺と改称する  お万の方=養珠院は法華宗(のちの日蓮宗)の信者だった
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お万の方の供養塔の奥に
勝海舟の母・信子の墓や明治維新の旧幕臣たちの墓があります
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参拝を済ませ
寺務所で御主題をお願いしたら
住職が不在で
書置きでいいですかと言われたので
再度、出直すのも大変なので
了承すると
印刷された御主題でした
御利益今一でしょうね(笑)
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この後
この日最後の訪問地
駿河区の大覚寺にナビをセットしましたが
この蓮永寺の近くに駿府城公園があったのを知らずに
後から知る事に
事前に調べておけばよかったと後悔してます
さて今日で夏休みも終わりです
そろそろ
日常に戻る準備ですね
今日は菩提寺でお施餓鬼と
夕方は
送り火でお盆もおわりです

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龍水山 海長寺 [神社仏閣]

昨日13日は 迎え火で御先祖様が


道に迷わず我が家に戻れるよう、迎え火を


焚いて目印にする風習があり


我が家も 女房が仕事からもどってから


長男家族と一緒に迎え火を焚き御先祖様をお迎えしました。


今日は菩提寺の住職がお経を上げに来てくれますが


事前に手紙で 14日 10時~11時半頃に伺います


とはがきが来てます。


坊さんも檀家回りが佳境でまさに分キザミなんですね。


さて今日も神社仏閣の記事になります

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富士市の実相寺から 国道1号線経由で 現在は静岡市清水区に
なっている 清水の 海長寺を訪れました
ここ清水は サッカ--の清水エスパルスと 清水に本社がある
大手物流企業の 鈴与 一色の感がある街で活気を感じました
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海長寺の総門です
日蓮宗の本山にしては、こじんまりとしたお寺です
平安朝の仁寿二年(西暦八五二)有渡山八ツ原に創建された天台宗の古刹で、村松山峨岳寺と称した。慈覚大師を開基とし台密を伝えたが、寛弘八年(一〇一一)山津浪で崩壊してから現在地へ遷った。 改宗
 鎌倉時代の文永九年(一二七二)に日蓮聖人の弟子、中老僧日位上人が当地を弘教し、当時の寺主慈証尊者の代に改宗し 法号を日受と改め 海上寺と改めたが 徳川期に現在の海長寺に再度改名され現在に至ります
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扁額は
龍水山と記されてます
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当時の寺領は4万坪もあったそうですが
今は街中のお寺で 民家が写りこまないように撮るの苦労します
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海長寺が日蓮宗5000あまりのお寺が有る中で
本山と称される56のお寺の一角に名を連ねる由緒は
日蓮上人直筆の 曼荼羅 を所有してるからでしょうか
この曼荼羅は 宗宝 となってるそうです
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本堂です
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ここの瓦には 徳川の
葵の紋が記されてます
そま謎は
この後 御主題を頂きに寺務所に行くと
住職が本堂に案内してくれて
こう説明してくれました
海長寺では、葵の御紋を使うことを徳川家康より許されております。これは、家康が武田信玄の残徒今福丹波守(いまふくたんばのかみ)の襲撃から逃げ、海長寺の椿の群生に隠れたことに起因しております。海長寺の住職によって難を逃れた家康が六石の椿の御朱印と葵の御紋の使用許可を得たそうであります
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頂いた 御主題 です
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富士の実相寺にも大きなソテツが
有りましたが
ここ海長寺にも大ソテツが大きく根を張っていました
気候の関係でしょうか
よく目にします
静岡は千葉と同様に
日蓮宗本山が多く集まっています
この後
静岡県葵区、駿河区と
2つの本山を巡る為
カ-ナビに住所を登録して
車を走らせます
カ-ナビが無いと
短時間で
巡る事は無理ですから
有りがたい時代になりましたね
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岩本山 実相寺 [神社仏閣]


お盆に入り 久々のお寺記事です


天台宗の知印法印は三間四面の堂を建立し、如意輪観音を安置して


実相寺と号し、鳥羽法皇の護願寺とした


円珍が唐より招来した、一切経を袼護する、天台宗の古刹であったという


日蓮が訪れ、経蔵の一切経を閲読し、立正安国論を薯したお寺で゛ある


その後多くの学徒が日蓮に師事し


1276年(建治2年)学頭 智海法印によ日蓮宗に改宗し 智海法印は日源と改名する


岩本山 実相寺として 日蓮宗霊跡本山として今に続く


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朝7時に東名高速に乗って 富士川SAスマートICを目指します
それなりに混んでましたが渋滞は無く快適なドライブ日和でした
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9時頃に 実相寺の山門前に到着しました
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山門をくぐって長い参道を歩くと
仁王門があります
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歴史を感じる仁王門で立派な佇まいです
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岩本山の山麓に伽藍が点在してます
仁王門の右手に鐘楼が見えます
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祖師堂へと続く長い参道です
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長い石段の上には 質素りと祖師堂佇んでます
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祖師堂の裏手に 一切経を納めた 一切経堂があります
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急な石段を上り詰めると
小さな堂が、
ここに一切経が収納されてるようです
実相寺を訪れた日蓮は この堂に2年籠り
立正安国論の草庵を書いたのでした
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今の時代
ここにも SECOMのセキュリティが掛かってますね
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立正安国 と書かれた台座の上で説法する日蓮像
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日蓮が見下ろす眼下には多くの伽藍の先に
駿河湾が見渡せます
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ひととおりお参りを済ませ
大方丈と書かれた 庫裡 で御主題を頂きます
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頂いた御主題です
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今日は 盆の入りです
誰もが先祖があって
今の生活が成り立つてるんですね
一年に一度
御先祖様を慕う日です
これからお花と線香を持って
女房と
お墓詣りに行ってきます
合掌

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谷中 瑞輪寺 [神社仏閣]

ゴ-ルデンウィ-クも終わって今日から日常にもどります

今年のゴ-ルデンウィ-クは案外良い天気に恵まれました。

最終日の6日は 午前中テニスをして

午後は自治会の仕事をして

夕食は長男家族と外食をして

ゴ-ルデンウィ-クを終えました

今日から仕事ですが、天気が悪そうですね


さて今日の記事 谷中の日蓮宗本山 慈雲山瑞輪寺の記事になります


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谷中は 石を投げれば お寺に当る程
寺院が密集してます
一説によると江戸城の鬼門にあたり、上野寛永寺を立てた頃から
お寺が増え始め江戸の大火でお寺が移転してきて今の密集が形成されたそうです
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ここ 本山瑞輪寺も 日本橋から神田に火事で移転し
2度目の火災で谷中の現在の地に来たそうです
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この瑞輪寺開山は 徳川家康、幼少の頃、学問教育の師だった
日新上人で 開基大壇越は徳川家康で
徳川家康ゆかりのお寺です
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山門をくぐると 左手に鐘楼があって
正面に本堂が建ってます
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元禄年間
徳川三代将軍 家光の寄進でたてられた
鐘楼堂です
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日蓮宗本山らしく
大きな本堂です
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屋根瓦には 三つ葉葵の徳川の紋所と
ハスに井桁は日蓮宗の宗紋が並んでいて
徳川のお寺を象徴してますね
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彫り物も立派です
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本堂の右手には祖師堂が建ってます
ここは厄除けと安産祈願で御利益があるそうです
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平成16年に山門、本堂、鐘楼堂を大改修したそうで
改修前の 鬼瓦が保存されてました
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本堂にお参りをして
御主題を頂きました
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本堂から山門を見ると
街中のお寺の感がします
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瑞輪寺を出て根津に向かいますが
瑞輪地の裏手に 東京七面山 が建ってます
明治初期の 廃仏毀釈、神仏分離政策でそれまで神社がお寺の中に
一緒に祭られていたのが
神社だけ敷地の外に移されたようです
祭神は 七面大明神で
日蓮宗の守護神だそうですよ
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その東京七面山の近く
良い香りがします
ジャスミンの花が満開で
甘い香りが漂ってました。
この後ダラダラと谷中の坂を下って
根津神社に向かいました
次に続きます

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